第26巻、スニーカー。

靴の続きでスニーカー。
ここだけの話、靴好きの人ってマニアックな人が多いでしょ、靴について書くのはあまり好ましくないというか、難しいというか。いくらでも掘れるというか、キリがないというか。どんどん新しい情報やブランドが出てくるので、全てを網羅するのは大変です。
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コンバースは、1908年 アメリカマサチューセッツ州モールデンのデパート経営者のマーキス・M・コンバースが創業し、ラバーシューズを販売しました。1917年 バスケットボールシューズのキャンパスオールスターを販売。1935年 バドミントンプレイヤーのジャック・パーセルが開発に参加し、ジャックパーセルを発売しました。1945年頃 キャンパスオールスターにアンクルパッチが付けました。2003年ナイキが買収。
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プロケッズは、1958年創立。アメリカのUSラバー・カンパニーによって創立されたケッズのプロスポーツ仕様のブランドとして誕生しました。バスケットボールプレイヤーを中心に愛用されましたが、1980年代プロラインを閉鎖し、大衆ブランド向けにスポーツスニーカーを提案するようになりました。
私が高校生の頃は、コンバース派プロケッズ派に分かれていたのですが、残念です。
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アディダスは、一応1900年創業。1920年 - ドイツ・ニュルンベルク近郊で、兄ルドルフ・弟アドルフのダスラー兄弟が、靴製造の会社「ダスラー兄弟商会」を設立。主にルドルフが販売、アドルフが生産を担当していました。1948年 - 兄弟の意見対立により「ダスラー兄弟商会」を解消し、アドルフはアディダス社を設立。「アディダス」はアドルフの愛称「アディ」と「ダスラー」をつなげたもの。なお兄ルドルフはRUDA社を設立し、これが翌年プーマ社となります。1965年 - テニスシューズ、ハイレットを発表。これが後のスタン・スミスとなります。1970年 - オールレザーのバスケットシューズ、スーパースターを発表しました。
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プーマは1948年創業。アディダスとプーマの競争は激しく、オリンピック選手に自社ブランドのシューズを履かせ、結果に応じて報酬を支払っていました。(今でもか。)1998年ジル・サンダーとのコラボレーション・モデルを発表し、スポーツメーカーと高級ファッションブランドのコラボレーションは驚きをもって迎えられ、競合スポーツメーカーもこぞって有名ファッションブランド/デザイナーとのコラボレーションに乗り出すという流れを作りました。現在はPPRの傘下です。

リーボックはイギリス発祥のスポーツ用品ブランドで1900年創業。1990年代のスニーカーブームのきっかけとなった機能性の高い製品開発に長けた企業という認知を得ました。また、エアロビクスシューズなどのヒットによって、最盛期には北米の大手スポーツ用品ブランドの中で1、2位を争うまでの規模を誇りました。現在はアディダス・グループ傘下です。
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ニューバランスは、1906年ボストンでアーチサポートインソールや偏平足などを治す矯正靴の製造メーカーとして誕生。社名の由来は、履いた人に“新しいバランス感覚をもたらすということです。1930年代から、カスタムメイドのランニングシューズの製造を初めました。
足の負担を少なくするために、スニーカーの紐で足を締め付けるのではなく、ヒール部分とサイド部分で足全体をしっかりホールドし、微妙なフィット感の調節のみを靴紐で行う独自の機構を持ったスニーカーのデザインに仕上げています。その結果、靴紐を上部に配置することで、他のスニーカーより指先が自由に動き、地面を掴みやすいと言われています。その履き心地は、ラルフ・ローレンが「雲の上を歩いている様だ」とまで絶賛しました。
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ナイキは、1968年フィル・ナイトとビル・バウワーマンが前身であるブルーリボンスポーツ社を設立。同社は日本からオニツカタイガー(現アシックス)のランニングシューズを輸入しアメリカ国内で販売していました。より高い利益を求め、オニツカタイガーの技術者引き抜きなどを行い、オニツカタイガーの競合社である福岡のアサヒコーポレーションでトレーニングシューズを生産、ナイキのブランド名で販売しました。社名の由来は、 ギリシャ神話の勝利の女神ニーケー (Nike)から、ロゴマーク、スウッシュはニーケーの彫像の翼をモチーフにしています。
衝撃を吸収するためのミッドソールの中に仕込んだエアバッグ=エアーや、内側のコア部分に柔らかいフォームを使用し、外側のブリッジ部分には硬いフォームを使用した2層構造にすることで高いクッション性・高弾性・履き心地を実現した=ルナロンなどで人気が高まり、コルテックス、エア フォース、エア ジョーダン、エア マックスなど次々と流行しました。
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パトリックは、1892年に西仏プソージュ村の靴職人、パトリック・ベネトゥが、息子達と靴を作り始めたことからスタートします。これは当時、新しいスポーツとして確立されはじめたサッカー様に専用シューズを作りました。1972年、パトリックのトレードマークとなるシューズ後方に鋭く刻まれた2本ライン が生まれました。
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スペルガは、1911年イタリアで創業、1925年、SUPERGAブランドのゴム底靴を発表。
1934年すでに展開していたテニスシューズに加え、バスケットボール、ヨット、体操といったカテゴリーのスポーツシューズを発表し、その名声はイタリアのみならず、ヨーロッパ中に知れ渡ることとなりました。

パラディウムは、1920年フランスで創業。航空業界向けにタイヤを製造して成功を収めたことからラバーブーツの製造、シューズブランドとしての歴史をスタートしました。
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スペリー トップサイダーは、1935年創立のアメリカ発のデッキシューズブランドです。もともとセイラーだったポール・スペリー氏が、独自の靴底「スペリーソール」を開発したことに始まり、それは氷上を滑らず走り回る愛犬の足の構造からインスピレーションを受け、ギザギザの溝が歩くたびに水を押し出すという画期的なものでした。そして、そのソールを採用したスリッポンタイプのボート靴は事実上、世界初のデッキシューズとなり、1935年にはマサチューセッツ州で会社を立ち上げ、まもなくアメリカ海軍兵学校に採用されました。
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Kスイスは1966年スイス人の兄弟が米国カリフォルニア州に移住して立ち上げたのが始まりです。当時テニスシューズといえばすべてキャンバス地でしたが、世界で初めてレザーを使用して耐久性を高め、シンプルかつ高機能のClassicを発売しました。

あと、メリル、モーブス、メリル、アドミラルとかギブアップで。

オニツカ、カッコイイですよね、なんかクラシックなラインは特に。昔オニツカは、スポーツの種類別に専用シューズを出していて、高校生でクラブに入ると専用シューズを買ったものです。
通学はコンバースのバックスキンのグレーのワンスターで、クラブはオニツカの専用シューズ履いてました。3年生の頃は通学はトニー ラマでしたけど。
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あと最近気になるんですけど、ショップの店員さんコンバースに頼りすぎじゃないですか?オールスターとかジャック パーセルとかやたら履いていますけど、どうなんですかね。一応ファッション業界なんだから、そこは逃げずに頑張りませんか?一般の方々がそこに入るのは、わかるんですけど…。

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