第13巻、スーツの歴史2.

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1920年代頃に現在のブリティッシュスタイルが確立さてたと言われています。それはイングリッシュ・ドレープとハッキングシルエットが基調です。角張った肩、絞られたウエストのシルエットで、上着丈はヒップを隠すぐらいの長さで深めのサイドベンツが入るのが一般的でした。
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1930年から40年初めにかけ、ブリティッシュスタイルの流れを持つスタイルがアメリカで流行しました。。肩線付け部分にくぼみができるほど袖山を高くとったモデル、ボールドルックです。ボールドスタイルは肩幅や、ラペル、ネクタイの 巾が広く、ショルダー・パッドを多く入れて肩をいからせた 、男性的な力強さを持った ファッションで、人目を引く派手な色調や大胆なストライプ(ボールドストライプ)が特徴です。アルカポネを思い浮かべてください。
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1950年になるとスマートなスーツスタイルが流行しました。ボールドルックよりも肩幅やラベルが狭く、全体的にほっそりとしたシルエットが特徴です。
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アメリカの経済成長によりビジネスマンが影響力を持つようになり、1960年代にはアイビー・リーグ(アメリカ名門8大学のアメフトリーグ)の学生がヤングファッションとしてステイタスを築き上げ、大人気ファッションへと変化して行きました。アイビールックの始まりは、1954年に米国のハーバード大学、イェール大学、プリンストン大学、コロンビア大学、ペンシルバニア大学、ブラウン大学、ダートマス大学、コーネル大学の8校によりフットボール連盟が結成され、各校にレンガ造りの校舎に生い茂る蔦(アイビー)がシンボルとなっていた事からアイビーリーグとネーミングされました。その彼等が好んで着ていたフアッションを1955年に国際衣服デザイナー協会がアイビールックと名付けたのが始まりであると言われています。

1960年代に入ると、東京銀座のみゆき通りに集まっていた若者達「みゆき族」と呼ばれる集団が出てきました。彼等の間ではアイビールックが好んで着られていました。
ボタンダウンのシャツに3つボタンのジャケット、細身のコットンパンツ、スリッポンシューズを履き、VANやJUNのロゴ入り紙袋を脇に抱えるのが定番でした。特に「VAN」ブランドに身を固めたお洒落なファッションは一つのステータスでもありました。
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1960年代後半、それまでダークトーン中心の男性ファッションに華やかさや色彩を取り入れる動き、「ピーコック革命」がおこりました。様々な玉虫色のスーツをきて、それまで白一色だったシャツにもカラーバリエーションが増え、デザインも華やかになるなど、スーツスタイルがさらに幅広く変化して行きました。やがて時代はデザイナーズブランドの時代へと移り変わります。(カルダン、ディオール、サンローランなど)
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またビートルズのスタイルの影響を受けたモッズスタイルが流行します。ロンドンの郊外や下町から発進されたモッズスタイルです。ドットやフラワープリントなどのウエストシェープした派手なシャツに、スリムなシルエットのスーツ、長髪に船員帽などをかぶるものでした。パンツの股上は極端に浅く、アクセサリーとして極太い幅のネクタイを締めたり、ハイカットのブーツを履いたりしていました。 後に、モッズコートと呼ばれるカーキの軍服ベースのコートが流行り、それをスーツスタイルの上に羽織り、ベスパに乗るのが最も粋なスタイルとされていました。
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1970年代はサイケ、ヒッピー、ジーンズ反社会的なスタイルを体現した時代です。ジーンズは流行当初ストレートジーンズ主流でしたが、のちに腿の部分はぴったりフィットしていて、膝から裾にかけて大胆にフレアーになった〝ベルボトム〟と呼ばれるスタイルが主流になっていきます。地面に引きずるほどに大きく端に広がったそのシルエットを称して、〝ラッパスボン〟とも呼ばれました。スーツもこの影響を受け、スリムで肩線がコンケープした長めの上着にベルボトムを合わせたスタイルが流行しました。
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日本では1980年代は、DCブランドの登場と共に、メンズファッションに新しい風が吹きはじめます。DCブランドというのは、デザイナーズ&キャラクターズブランドの頭文字を略した呼び方です。
ヨウジヤマモトやコムデギャルソン(川久保玲)は世界に影響を与えたデザイナーです。
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1980年代にはイタリアファッションが注目されるようになります。3Gの時代です。(アルマーニ、フェレ、ヴェルサーチ)
その後、元々根強かったサルトリア文化(素材や着心地を追求した仕立て屋文化)が台頭するようになりました。でも、これは日本独特の進化を辿ったものです。たぶんセレクトショップの影響だと思います。確かにブリオーニ、ヴェルヴェッスト、キトンなどは世界的にも評価は高いし素晴らしいし有名ですが、ファッションという観点からは・・・

例えば、背広の語源なんて言われるサヴィル・ローはバーリントン伯爵の妻サヴィルの名にちなんで命名されました。ロウは家並みのことを指します。1846年にヘンリー・プールがサヴィル・ロウ32番地にテーラーを開業するとこのヘンリー・プールは大成功を治めました。19世紀後半にはたくさんのテーラーがサヴィル・ローに軒を連ねるようになりました。
また、ギーブス&ホークスは、エリザベス女王、エディンバラ公フィリップ殿下、チャールズ皇太子と3つの 英国王室御用達(ロイヤルワラント)に指名されています。
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各国の王室や貴族、政治家、ハリウッドスターまで、たくさんの顧客を持つ老舗のテーラーが集まるサヴィル ローですが、「サヴィル・ローが売るのはファッションではなくスタイル」という言葉があるように、サヴィル・ローのビスポーク・スーツは、ファッション的には、ちょっと。
確かに80年代から若手の新進デザイナー(リチャード ジェームスなど)が店舗を構えていますが、影響力があるということは、あまりありません。

イタリアに目を向けると、ナポリのサルトリアは1780年創業のチレントなどがありますが、1800年代後半に入ってもまだ職人達が、細々と注文を受けていただけです。
1920年代のローマのドメニコ カラチェニ、1964年創業のベルベスト確かに素晴らしいスーツです。
イギリスは芯をたくさん使い、構築的なシルエットを作りますが、イタリアは着心地を重視し、芯をできるだけ薄くして、アイロンワークでふわっと立体的に見せます。確かにイタリアのスーツは、軽く着心地がよく素晴らしいですが、ファッションという点ではどうでしょう。

どうも今までの日本の流行を見ていると、海外のデザイナーが少し着丈の短いスーツ、タイトなシルエットのコレクションで発表すると、それに追従して日本のメーカーは・・・追従するだけなら良いのですが、その中のパーツ、例えば着丈の短さだけをとらえて、いかにも着丈の短さがファッションのポイントだと言いたげに、それを争う。
「バカじゃないの、そんなところに価値観はないわ!!」
まあ、アパレルもマスコミも、スタイリストもみんな良くないです。


以上スーツの歴史でした。

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