第24巻、雑談。

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ちょっと一息。雑談でもしましょう。この後靴について話さなければなりません。くつは詳しい人は本当に詳しいので心して取り掛からなければ。

イギリスの食べ物は美味くないってよく言いますよね。今は美味くなったみたいですが、確かに以前は不味かった。

イギリス人も不味いってわかっているみたいで、ロンドン リージェントストリートのアクアスキュータムの横道に入ったところに日本レストラン?ラーメン屋?めし屋があって、そこにランチタイムに行くと現地のイギリスのサラリーマンが、満面の笑みで美味しそうにカツカレーを食べているのを何度も見ました。その店、カレー以外にもラーメン、チャーハンとかあるんですが、そんなに美味いって味ではないのですが、イギリス人にはたまらないみたいです。

SOHOにロンドンで美味しいと有名なフィッシュ&チップス屋があって、ランチタイムには並んだりするのですが、基本味付けは塩で、お好みでワインビネガー・・・誰かあの店の前でタルタルソース売ったら、大儲けできますよ。
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イギリス人に聞いたんでけど「 英国では、小中学時代を全寮制の学校で過ごす。そこでは食べ物に関して、美味しいとか好きではないとか言ってはいけない。だから大人になってもイギリス人は食べ物に関して美味しいとか美味しくないとか言わない。」って言ってましたが・・・「 みんなが全寮制じゃないだろう。単純に料理が下手なんじゃないの。」有名なローストビーフ屋に行っても、ローストビーフはもちろんパンまでイマイチ・・・「オイ醤油とワサビ持ってこい」って感じです。
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確かに30年位前でもコンラン卿のレストランなんかは美味しかったのですが・・・「あんなのイタリアンじゃん。」ロンドンでイギリス人と夕食に行くと、まあ気を使ってくれて日本レストランを予約してくれるのは理解できるのですが、次の日はイタリアン、中華、韓国料理と次々に予約するので「大丈夫ですよ、普通の料理で。」と言うと、「私が嫌なの。」と答えられました。
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ロンドンでもこの調子です。スコットランドは地獄です。

スコットランド人のソウルフード、ニシンの酢漬け・・・「腐ってます。」スコティッシュ プディングは、羊の腸に豚の血詰めてほとんど香辛料使わないで茹でた・・・「殺す気か。」
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ハギス、日本のパブなんかで食べると「美味いじゃん」って思うのですが、本場で食べると芳醇な羊の臭みで・・・「日本に勉強しに来い!」
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夜遅くスコットランドについて、レストランがどこにもなくて、仕方なく地元のパブに一人で行った時、原住民が日本人が来たことを喜んでくれて、「Nakamura=俊輔エクセレント」とか言って、勧めてくるので嫌なの顔もできないので、なんとか口に入れる・・・「お前ら日本来たらクサヤの納豆がけにワサビとカラシたっぷりかけて食わせてやるからなぁ!!」なんていう思いながら、「なんか飲み物ないか?」スコッチがあった、「ゴクリ・・・あれ?匂いが消えた。」・・・「ウォー、臭いものに臭いもので蓋しただけじゃ!!」恐ろしすぎるスコットランド。
ある時も夜にアバディーンという北の空港について、ポストマンズ ホテル(ビジネスホテルのようなホテル)にチェックインしました。もちろんホテルにはレストランはなくて、フロントで聞くとパブかチャイニーズしかないと言われたので、電話で中華料理屋を予約、10時頃にしか席が空かないということで、それまで我慢。時間も近づいたのでフロントで道を聞くと、「歩いて行く気なの、歩いて行けるけど途中は真っ暗だよ。」タクシーを呼んでもらって乗って20分「歩けるか、夜中に初めてのこんな道!」やっと着いて適当に注文して「やっと来た、お腹ペコペコ。」「パク・・・なんだこの芳醇な臭みは・・・。」そこで食べたメニューで、まだ食べられたのは塩の強いザーサイだけでした。恐るべしスコットランド、中華料理までも蝕むとは。
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グラスゴーの工場に行った時、ランチは工員のみんなと立食でということで・・・「出た、ニシンの酢付漬け、スコティッシュ プディング、ハギス、あと見たこともない怪しい料理、そしてパスパスの薄いパン、「それじゃーこれをサンドウィッチにしと。」・・・楽しい地獄ランチでした。

そう言えば、広東麺みたいなのが食べたくて、SOHO近くの中華街へ、「あれはアバディーンだからひどかっただけだよな、ロンドンは平気だろう。」「パクッ、うーん」この国の料理事情は根が深いぞ。

イギリスでも、たまに美味しいパブのランチメニューやトゥデイズ スペシャルを出してくれる店があって、例えばシティーのギルドホールの近くの一軒とか。そんな店を見つけたら、毎回タクシーに乗ってでも行きます。新規に美味しい店を探すのはリスクがありすぎます。
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後イギリスで隠れ美味しくないものはレギュラーコーヒー、トースト、そしてスウィーツです。

「コーヒーはイギリスの文化じゃないから、イギリスは紅茶だから。」・・・「じゃー、この出がらしみたいなコーヒー用意するな、人前に出すな!」それに普通のイギリスってそんなに紅茶ばかり飲んでいませんよ。「ありがとうカプチーノ、ありがとうアメリカ資本のコーヒー店、ついでにマックも、あなた達のおかげでイギリスでもコーヒーが飲めます。」私が一緒働いていたイギリス人は、一緒にお茶する時は、ほとんどカプチーノでした。

そしてホテルの朝食ビュッフェで出てくるトースト、結構グレードの高いホテルでも、「なぜここまで焦がしてしまうの?」「なぜこんなに薄く切るの?」「なぜ焼き置きするの?」分からないです。
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あと最近、テレビで外国人観光客が嬉しそうに日本で冷えた生ビールを飲んでいるのを見ます。「ねぇ、やっぱりビールって冷たい方が美味しくない?」「フレッシュ オレンジ ジュースも、氷は入れなくていいけど、冷やしてある方が美味しくない?」確かにギネスビールは常温で泡を楽しむのも良いと思いますが、バス ペールエールとか、ましてハイネケンなんかは、少し冷やそうよ。
クリスマスの時期に食べるクリスマス プディングっていうケーキがあって、「すごく期待できそうな名前じゃん。」「ほぉチョコレートケーキに生クリームが乗っていて、粉糖がかかっているのね、ちょっと甘そうだけど美味しそう。」「パクッ」・・・「痛い、痛い、なんだ、この痛みを感じる甘さは・・・あれっ、噛むとジャリジャリ言うぞ・・・オイ砂糖じゃんこれ、粉糖でなく、ケーキ全体が砂糖でできているのかこれ?」「飲み物は?、アッ、コーヒーで流し込んで・・・出がらしかよ。」これはピカデリーサーカス近くの地下にある地元の人に人気の有名なレストランでの話です。ここは伝統的なイギリス料理を美味しく食べることができる数少ないレストランの一軒なのですが、最後にやってくれました。ロンドンでの楽しいクリスマスの思い出です。
最初にお話しましたとおり私の情報は古いです。今はグルメ大国になっているかもしれません。
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良いところですよイギリス。冗談好きで、礼節があって、良い奴らですよイギリス人。ドンドン行ってください。イギリスの良いところはなんと言って安全なところです。私が行きだした頃はアイルランド紛争とかまだあって、ロンドン市内で爆破テロとかありましたが、それでも安全でした。


テロも収まり私が「出張でロンドン行くけど、何買ってくる?」と父に聞くと、「連れて行ってくれ」、「イヤイヤ出張だって言ってるじゃん。」「お前は仕事すればいいやないか。その間俺は観光するから。」「えー、英語話せないじゃない。」「なんとかなるやろ、朝と夜だけ一緒にご飯食べようや。」「マジか!」という訳で、航空券とホテルを予約して、一緒に成田からヒースロー空港に、父のチェックイン後、自分のホテルのチェックイン。(ヨーロッパ全体がそうだったんですが、当時は泊まっているホテルでその人のランクを見るところがあって、会社から良いホテルに泊まるように、言われていたんです。でも父は関係ないので、安全で手頃な値段のホテルで。)

夕飯のために父のホテルにお迎えに、一緒に食事して、ホテルに連れて帰って、明日のために。

ポンド硬貨数十枚(安全とはいえ高額紙幣は持たせられません。)、ホテルの住所が書いてあるカード、「beer」「coffee」「today's special」と裏に書いたコースター。そして明日歩いて行って良いエリアをマーカーで記した地図、準備完了。次の朝、大急ぎで父のホテルへ、一緒にビュッフェで朝食。「迷ってしまったら、タクシーでホテルのカード見せて戻ること」「料金はタクシーの外に出てから、前の窓越しに、手を入れて硬貨を出せば良いから。」「のどが渇いたら、パブに入ってビールかコーヒーのコースターを出して勘定は硬貨を出せば良いから、昼ごはんもパブに入ってトゥデイズ スペシャルのコースターを出して勘定は硬貨を出せば良いから。」「解散、夜7時にホテルに迎えに戻ります。無事を祈る。」大急ぎで仕事へ。夕食の誘いを断って、父のホテルへ。「良かった、無事に帰っていた。」「オゥ。」「大丈夫だった?」「うん、大英博物館も行って来た。あそこは分からんなぁ」「エッ、今回はマーブルアーチからオックスフォード、ボンドストリート、リージェントストリート、ピカデリーサーカスまでにマーキングしたよね。」「うん、昼ごはん前に行ってしもうたわ。」「どうやって大英博物館まで行ったの?」「タクシーで地図に載っていた大英博物館の写真を 指差したら行ってくれた。」「ふーん、良かったね。」「さあ、ご飯にしよう。今日、昼行ったパブ行こう。」「うん・・・」食後明日の作戦会議、ハロッズに行きたいとのことで、またマーキング。ナイトブリッジ、スローンストリート。「日本語のスタッフを呼んでください。」のカード、クレジットカード、パスポート、と昨日のコースター、準備完了。ホテルに戻って次の朝、父のホテルへ、朝食、そして仕事へ。夕食の誘いを断って、父のホテルへ、いた、良かった。「どうだった?」「ハロッズで親切にしてもうた、良かったわ。」「日本語のスタッフ来てくれた?」「来てくれた。真弓さん言うねん、親切な人やった。」部屋の隅を見ると大量のハロッズの袋が・・・そりゃ親切にしてくれるはずです。
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「明日は日曜日で仕事がないので、朝から一緒にいられるよ。」「いいね~、お前のホテルで朝食食べようや。」かくして次の朝、自分のホテルを出て、父のホテルへ、父をピックアップして、自分のホテルへ。「お前ええホテル泊まってるなぁ」事情を説明して、朝食。ハイドパークからバッキング(衛兵の交代式)スコットランドヤード(父は刑事物が大好き)キングスストリート、テームズ川、ウエストミースター、MI5,MI6、シティー、タワーブリッジ、ロンドン塔などなど途中はバスに乗りたいという父、バスは行き先見るの難しいのに。「夕食は美味いもの食べようや。」出た最も難しい要求。「昨日ハロッズの真弓さんに教えてもろてん。ここ美味いみたいやで。」出たサントリーのレストランカード。「そりゃ美味いわ、高いんだから。」「俺だすでぇ」「ご馳走にはなるけど他に行こう。」私の知っているレストランで、ロンドンで最も外さないサーモンのバター焼きなどを注文。「美味いなぁこれは。」良かった良かった。帰りの飛行機で「お前今度何時ロンドン行くの?」「3カ月後くらいかな。」「よっしゃ、また行こう。」「・・・」そんな感じで、父は3回イギリス出張についてきました。一度はエジンバラまで、この頃はスマホは勿論、携帯電話も普及していない時代です。その上、父は「サンキュー」と「グッ バイ」しか話せない人です。その間無事故です。ね、安全でしょ。今ならもっと安全に便利に行けますよね。スマホあるし。


日本人の口に最も合う国は、ヨーロッパでは、イタリアですよね。また昔の話ですよと前置きします。まだそんなにたくさんの日本人がミラノに行かない頃、百貨店の裏にあるレストランで日本人2人、それもデッカい男同士で夕食に行った時、メインや、ワインを注文して、アラカルトの前菜を自分で選んでテーブルに持って来て食べていると、なんか視線を感じる。まわりを見ると現地のおばさんやおじさんが、私達が食べているのを珍しそうにジィーと私達の食事する姿を見てました。目が合うとニコーって笑って食事に戻ります。また視線、ニコー、視線、ニコー・・・うっとうしいわ。後で考えたら日本人がイタリア料理を食べている姿が珍しかったんでしょうね。

ミラノ中央駅の方は観光地であるドーモの方より下町感がある庶民的な街で、確かに運河沿いなどはミラノっ子が生活しています。そこにデッカいアジア人2人で夜、「なんか美味いものはないか?面白いところはないか?」とナマハゲのように徘徊していると、道の端で話していた原住民が、私達の姿を見えるとドアを閉めて中に入っていきます。確かにその時私は、エメラルドグリーンのスーツにイタリアンカラーの白シャツという姿で、もう一人はスーパーガッチリしたショートカット。元アメフト選手のアメトラの山賊みたいな感じのでした。
今思えば分からなくはないです。
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イタリア人の提携していたデザイナーが、北の方に住んでいて、トレノや、ヴィエラや色々な所へ車で連れて行ってくれました。一度、夏にイタリアンアルプスの中腹にあるレストランに高級車で行ってくれたのですが、流石イタリア人、山道 崖を飛ばす飛ばす、コーナー攻める攻める。冬場はスキーリゾートであろう、素晴らしく綺麗な風景の中、やっとレストランに、明らかにシーズンオフで、人の気配はありません。ガンガン木のドアをノックしていると寝起きの親父が出てきました。大きなジェスチャーで、なんか二人で言い争ってるのかなと思っていたらハグして、中へ入れとのこと。良かったと思っていたら親父が大声で娘を呼び出して、カゴを押し付けて怒鳴っています。すると娘は外へ出て行って、30分位してもイタリア人2人で楽しそうに話していて、暇ななので外へ出ました。素晴らしい景色で、少し歩くと下の方に流れる川に架かる石橋があって、何気で10m位下を見ると、さっきの娘が川でなんかやっていて、少しすると上に上がって来ました。迎えに行って「何してたの?」と聞くと、カゴの中身を見せて、「これ獲ってたの。」なんとマスみたいな魚捕まえていたのでした。店に帰りながら少しお話しして、日本人だと言うと、「キューティーハニー大好き。」「マジンガーZ見てた」だの言いながら、道端の草をむしっています。レスランに帰って親父にカゴを渡して、娘とまた話をしていると、親父が料理を持って来てくれました。マスの香草焼き。道端の葉っぱはハーブでした。凄く美味しかったです。なんてナチュラルな生き方なんでしょう。
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トレノからパルマに行った時は洪水の後で、大変なことになっていたのですが、バールでお茶していると原住民が「Nakata、Nakata」って、俺中田じゃないし、どうしろって言うの?まあ一緒に騒いどきましたけど。
アルプスからみで、イデア ヴィエラと言うイタリアの繊維産地ヴィエラの素材展があるのですが、それがコモ湖の畔のヴィラ デステというホテルで開催されるのですが、素晴らしいところで、イタリア有数の別荘地です。ベッカムだ、クルーニだが別荘持ってたとかいうところです。
その展示会はランチが無料で食べることができて、そこの料理が美味いのなんの。早めに行かなないと無くなってしまうので、ランチ中心にスケジュールをたてて、メーカーの部屋を回ったものです。今も毎シーズン行っているメーカーあるんじゃないですか?
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展示会といえば、ピッティーイマージネ ウォモ、あんな規模の小さな、つまらない見本市 、なんで日本のメンズの関係の人達は行きたがるのか私には分かりません。1回行ったら分かりそうなものですけどね。あんなものに毎シーズン行くって自慢している人たまに見ますけど、なんなんでしょう?
そもそも、見本市の意味が分かっていないと思うですが、ピッティーはイタリアの小売店に向けた見本市で、外国の人に向けたものではないんですけど。プルミエール ビジョンは、フランス向け、インターストッフ、ケルンはドイツ向け、マジックはアメリカ向け。日本と違って世界は買取商売です。日本だけです委託取引。ですから各小売店は真剣に次シーズンの商品を選びに来るわけです。出展側も真剣勝負です、ここでシーズンの取引額が大きく左右されるわけですから。
イタリアみたいな経済の弱い国に対して、世界のビッグブランドがアプローチするわけがないでしょ。あんな内容のない見本市に観光気分で、毎シーズン行って私は業界人って、笑わすな◯◯者。まあ日本の小売店の人がイタリア製の何かを探しに行けば、もしかしたら良い物があるかも知れませんが、ミニマムロットは、基本1パッキンですから軽いものです。
先日テレビで、ピッティーに日本のメーカー数社が手を組み、下町の伝統技術を使ったものを出店し売り込みに行っているのを見ました。あの人達が正しいのです。日本のメーカーの企画やバイヤーなんかが観光気分で、見に行くところではありません。
経済大国であるドイツのケルンの見本市は、メンズだけの見本市なのですが、まずその規模の大きさに圧倒されます。入場には予約とチケットが必要です。多分メーカーは予約が取りにくく、小売店は大丈夫だと思います。私が行った時は、入るとすぐに、ヒューゴ ボス。スゲーって感じのお金のかけようでした。続いて当時強かったプラダ、グッチ。ラフ シモンズ、アレキサンダー マックィーン、ジル サンダー、ドルチェ&ガッバーナなどなど、奥に行くとリバイス、ゲス、ベネトン、ガントなどカジュアルウエア、GFT系のビッグブランドやカナーリ、パル ジレリ、クラシコ9なんかもありました。イギリス系のブランド、ダックス、バーバリー、AQなどなど。幕張メッセや、東京ビッグサイトの何十倍もある展示スペースにメンズブランドがビッシリです。ドイツをはじめヨーロッパ、アメリカ、アジア様々なバイヤーが集合して来ます。当時は世界中のファッション業界の人間は黒い服を着ていたので、気持ち悪かったです。
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また私がメンズファッションに関する仕事で海外に行く必要があれば、ラスベガスのマジックか、ケルンに行きます。間違ってもフィレンツェなんか行きません。私は行く機会に恵まれなかったのですが、マジック凄いらしいです。行ってみたかったなぁ。
ケルンの見本市の時期はケルンのホテルが一杯で、デュッセルドルフに泊まることが多くなるのですが、冬に行った時は丁度お祭りの時期で、ライン川沿いの寒い街角、街角にワゴンとゆうか屋台見たなものが出ていて、ホットワインを無料でくれるんです。寒い中ホットワイン、美味い美味い。食事はもちろんビヤホールで、ソーセージ各種やザワークラフト、アイスバインにドイツ人に勧められたよく分からない煮込み、ビールは店員さんがお盆に載せたビールコップを持って回っていて、それをドンドン飲むスタイルでした。あのビールの飲み方とホットワインは知らず知らずに飲んでしまいます。しかしこのお祭りの時期、ネクタイを締めて歩いていると切られます。注意して下さい。この時はついでにハンブルグにも行って、そこのビヤホールでは「Takahara,takahara」。

パリは私が一番好きな街で、仕事にまた観光でも行きます。ちなみにフランスは好きですが、フランス人はあまり・・・。一番最初にパリに出張で行った時は私もまだ20代で、好奇心、野心、出世欲、何かやってやろう感がバリバリで、自分の時間を少しでも作って早朝、深夜を問わずカメラ片手に走り回っていました、まさにパリの街中走ってました。お腹が空くとフランスパンのサンドイッチ買って歩きながら食べて、また次に行きたい所に走っていく。いやー若かったですね。なぜかあの時のサンドウィッチおいしかったなぁ。あの頃は、メトロに乗ってしまうと、街が見えないから嫌だったんです。今思えばパリに期待し過ぎでしたね。パリのファッションそんな大したことないのに。
その初めての出張の時は、定番のロンドン、パリ、ミラノで何処に行っても自分時間作って、早朝から走ってました。朝なんか店は開いていないのですが、ショーウィンドウの写真撮ったりしてました。
パリって実は男が一人だけで夕食を食べるのが難しい街で、レストランを予約しようとしても断られたりしました。あれは私がフランス語が話せないからなのか、男一人だけだからなのか、電話の英語が下手すぎたなのかは、不明です。まあ飛び込みで入ってしまえば結構入ることはできるのでご安心ください。ただ予約無しなので、見つけるまでは食べられません。最悪、中華料理、寿司、ラーメンは大丈夫ですし、何でもありますから。でもフランス料理をちゃんと食べたいとなると、ちょっと手間です。
一度今思えば、ジョエル ロブションに連れて行ってもらったことがあります。美味しかったんだろうと思います、良く覚えていません。確か鴨肉のオレンジソースを食べたような・・・。
パリでお勧めはマドレーヌの近くにフォションが何軒かあって、そのうちの一軒の地下に学食スタイルの自分でお盆を持って、欲しい料理の前に並ぶというのがありました。フードコートみたいに自分で席に持って行って食べるのですが、そこはフォション、美味い美味い。今あるかどうかは知りません。
あとは少し中心街シャンゼリゼやシャルル ドゴール広場=エトワールやコンコルド、バンドームから離れて、探す。オペラ界隈やモンマルトルや1区、4区、7区にも、結構ありましたけどね。今あるかどうかは知りいません。
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パリの歴史なんかに手を付けるとシャルル、ルイ、アントワネット、ナポレオンだの大変な事になるので触りません。でも今のパリの街は1853年頃からジョルジュ オスマンという市長(県知事)によって強引に作られた街並みです。それまでのパリは無秩序に家々が立つスラム街でコレラやペストが流行するなど非常に不衛生な街でした。トイレもなく建物の上階から排泄物を下の道に捨てていたといのは有名な話です。オスマン市長は、古い建物を潰し、大通りや放射線状の道を作りブローニュの森を大きな公園にしました。今の素晴らしいパリの街並みはこのようにして出来上がりました。1889年のパリ万国博覧会でエッフェル塔を作り、芸術の中心として栄える一方、ムーランルージュなどのキャバレーも多く、批判もありました。1900年にはメトロが開通し、世界大戦以降、シャルル ドゴール、ジョルジュ ポンピドー、など空港や美術館に名を残す大統領に続き、ミッテランがルーブル美術館にガラスのピラミッドの入り口を作りました。「簡単すぎるだろう」ご批判ごもっともです。
パリの街を眺めると、アパルトマンなどの建物が全て石造りで、屋根がグレーで統一されていて、高さが均等であることが良く分かります。最上階のアーチ型の窓は昔はメイドさんが住み込みで使っていて、その下の階が一番良い部屋だと聞いたことがあります。外装を大きく改装することは禁止されていて、内装は自由です。また、10年に一度外装を掃除する規則があります。
そんな中、アランドロンのアパルトマンだけは、外装をピンクと黄色だったかにペイントしていて異質でした。今はどうだか知りません。
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パリに行くなら、パリ祭の頃も良いですよ、ツールドフランスのゴールを見られるし、凱旋門にジェット機飛ぶし、公園では移動遊園地出るし、花火上がるし楽しいですよ。ジプシー多いから気を付けて下さいね。
あとは寒いけどクリスマスマーケットが出る頃はすごく綺麗です。美術館や有名な建築物はいつでもありますから、イベント狙いが良いかも。
あとはシャモニーとかアルプスの方も素晴らしいです。マッターホルンとか、スイスもついでに。地中海、ニース、モナコ、リッチですね。
パリでは、皆さんルーブル美術館には行かれるのですが、セーヌ川を 渡ってオルセー美術館にはあまり行かれないようです。ルーブルは古代エジプト、中世、ナポレオンの時代とか古い時代の美術品ばかりで、有名な作家というイメージではありません。確かにモナリザ、翼のビーナス=サモトラケのニケ、ミロのビーナスなどビッグネームはありますが。オルセーは、近代美術でルノアール、ミレー、ゴッホ、ゴーギャン、モネ、マティス、ロートレックなどなど有名な作家のオンパレードです。美術館自体も元駅舎で可愛いし、入り口のカバもいいし、最近改装したらしいので素晴らしいと思います。さっきも出てきた父をムーランルージュに連れて行くと、ロートレックにはまってしまって、やたらロートレック土産を買い集めていました。そして、「あんな店(ムーランルージュ)他にないの?」と言うのです、「キャバレー?リドという店があるよ。」と答えると「行こう。」予約して、ムーランルージュの次の夜は、リドヘ。「凄かったな。」と喜んでいる父に「あのダンサーは北欧系のオネーなんだよ、身長180以上ばかりなんだよ。」と伝えると、「マジか!」

私の先輩がパリに行った時、怪しい場所を探してブローニュの森を夜中徘徊していたらしいです。いい度胸ですね、エイズが猛威を振るっている時代に。この先輩、ミラノでもロンドンでも、バルセロナでも怪しい場所を探して徘徊していたらしいです。結局「バルセロナはヤバイよ!」と言ってました。

サンジェルマン デュプレの近くに一緒に仕事をしていたフランス人が店を出していて、この人フリーのデザイナーでもあって凄いんです。ビッグブランドのメンズの担当を歴任しているんです。おじいさんがケルト人で、本人も背が低いんです。デザイン画がめちゃめちゃ上手くって、デザイン的に分からない所があると、ササッとハサミで紙を切って小さなサンプルを作るんです。すごくいい奴で、奥さんとプライベートで日本に遊びに来た時、ご飯を食べたり観光にしたりしました。その時に色々な話をして、「アニエスベーはどうなの?」と聞くと「いいんじゃない。」「アーペーツェーは?」夫婦揃って「ブー!」この頃高田賢三がパリでは人気で、「賢三は?」と聞くと、「凄く売れてるよ。」この人、ジャンポール ゴルチェに心酔していて、「彼は凄い!」って。夏でもトリッカーズのあみ編み上げのブーツを履いていて、和室に入る時なんかは大変でした。ブーツはゴルチェの影響なんですけどね。
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何年か経って二人が関係していた仕事はとっくに終わっていて、夏の暑い日曜日に銀座の歩行者天国を私の嫁と歩いていると、小さな外人を取り巻いてスーツ姿の日本人が何人も歩いてきました。良く見るとその小さな外人がその人で、お互い名前呼び合ってホコテンの真ん中でハグ。どうしたのと聞くと新しく契約したフィレンツェ系ビッグブランドが銀座にフラッグショップっを出したから来たとのことでした。周りの日本人から、「失礼ですけど・・・」と言われて気付いたのですが、その時私の服装は、ロスアンジェルスで買ったバナナリパブリックのダブダブの半ズボンにビッグT、そりゃダメだ。
彼のことだから、きっと今もどこかのビックブランドと契約していることだと思います。
ヨーロッパのブランドで、トム フォードのように自分自身のコレクションも有名で、ビッグブランドと契約している人は、ほんの一握りです。多くのブランドはデザイナー個人やデザイン会社と契約してコレクションを発表しています。ビッグブランドと契約できたデザイナーはそれを機に一気に知名度上げるために、最善の努力をします。
自分自身のコレクションを認めてもらいスポンサーが付くということは奇跡と言えます。また、ビッグブランドが無名の新人デザイナーと契約することも考えられません。スキルを積んでブランドを渡り歩いて徐々に認められ行く。そうすると時間が掛かる。ジレンマです。以前であれば、ジバンシーのディオールの下でサンローランが、などのケースもありましたが、今はどうなんでしょう。大変な世界です。頑張れポベ!!











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