第12巻、スーツの歴史1。

それではファッションについてお話しします。まずは、スーツの歴史から。
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中世はリボンの騎士みたいなスタイルで、もっこりした袖の上着に、タイツを履いていました。
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1666年、乱れていた衣服を改めるため、チャールズ二世が「衣服改革宣言」を出しウエストコート=ベストと、上に羽織るコート、半ズボン、タイという組み合わせが定着しました。
チャールズ二世
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18世紀に入り、シルクやベルベッド生地のコート、ベスト、半ズボン、シルクストッキング、パンプス、クラヴァッ(タイ)の組み合わせに、白い横カールとポニーテルのカツラが普及しました。屋外では三角帽を被りました。パイレーツオブカリビアンのイメージです。その、スタイルが、フランス革命までのおよそ百年間、流行しました。
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1750年以降、もっとも大きく変わったのは、ぴったりとした白い長ズボン(パンタルーン・トラウザーズ)とブーツが登場したことです。この時から、男は長ズボンが主流になりました。
フロックコートとパンタルーン、やっとタイツ、半ズボンから解放されました。
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フロックとは上っ張りという意味で、 フロックコート=プリンス アルバート コートは19世紀中頃から20世紀初頭にかけて使用されました。当時 のフロック・コートの素材は、地味な色のウールでシルクと違い、丈夫で扱いやすい素材だったため、たちまち普及しました。

その後、礼服の世界でもモーニングコートにその座を奪われ、現在では結婚式で新郎の衣装として使われているくらいです。あのシルバーや白や黒の丈の長い上着、あれです。
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モーニングコート(カッタウエイ フロック)は、貴族が朝の日課である乗馬の後、そのまま宮廷に上がれるようにとのことから礼服化しました。モーニング・コートは午前の正装です。またこの頃、燕尾服(えんびふく)=イブニング テール コートも誕生しました。夜の礼装です。
モーニングコート
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イブニングテールコート
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産業革命を向え、ファッション性の高い、貴族中心のファッションの時代から一転し、着心地の良いスーツの時代を向かえます。洒落者のダンディから堅実なジェントルマン流へ変わった時代です。
英国は階級社会で、上流階級=貴族階級、中流階級、労働者階級に分かれます。貴族が目指したダンディから、中産階級のジェントルマンへの変化です。
ダンディとは、貴族などの上流階級中心の汚れひとつないスタイル。人々はみな、ジョージ ブライアン ブランメルの着こなしを手本にしたといいます。産業革命を向かえ、経済的には貴族達に匹敵する中産階級の資本家達が台頭してきます。しかし階級という越えられない壁を乗り越えるために、彼ら中産階級の人々はジェントルマンという理想像を作りあげます。
ジェントルマンスタイルとは、例えば二年間も着続け、色あせ古びた服をお洒落に着こなし、それでもお洒落と感じさせないこと。・・・難しい。
ジョージ ブライアン ブランメル
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ジェントルマン
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1900年代に入り、元はフロック・コートやモーニング・コート、イブニングテールの長い裾を切り落とし、ゆったりとしたズボンで気楽に過ごせる普段着だった、ラウンジ スーツが主流となりました。元々ラウンジスーツは、ディナータイムでの燕尾服が堅苦しいということからラウンジでくつろぐことのできるものが求められ、誕生しました。これが英国で誕生した現在のスーツの原型といわれています。
ラウンジスーツ
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また、紳士服の既成品が始まったことで、中流階級から労働者階級にまでスーツが普及し、大衆がスーツを着るようになり、やがてイギリスから植民地をはじめ、世界中へスーツが広まって行きました。そのスーツは全て同素材のディトーズ(三つ揃え)と呼ばれたスリーピーススタイルでした。
やっと今のスーツの形になりました。結構歴史が浅いと思いませんか。
20世紀初頭のスーツは、短い着丈、広くて丸みのあるの肩、極端に広い胸幅が特徴的でした。やがて時代はナチュラル・ショルダーへと移りナチュラルでスリムなシルエットが好まれるようになります。

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